会長声明・決議
憲法9条の解釈変更により集団的自衛権の行使を容認しようとする動きに反対する決議
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安倍晋三首相は,本年2月の衆議院予算委員会で,日本国憲法9条に関する政府解釈を閣議決定の方法で変更する方針を示した。これに呼応して,「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(以下「安保法制懇」という。)は,5月15日,集団的自衛権の行使を容認すべきであるとの答申を出した。
同首相は,同日,集団的自衛権行使の限定容認に向け,憲法解釈変更の基本的方向性を表明した。
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憲法9条2項は,「陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。」と定めて,日本が戦力を持つことができないこと,他国と交戦できないことを明記した。したがって,自衛隊そのものについても,それが戦力にあたる憲法違反の存在ではないかという議論が存在するのである。
この点についての政府見解は,「自衛隊は,我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織であるから憲法に違反するものではない」(昭和55年12月5日),「自衛のため必要最小限度の防衛力を保持することは9条の禁止するところではない」(昭和57年3月10日)というものである。政府自身も,自国の防衛に必要な最小限度を超えていないとして,自衛隊が合憲だと主張してきたのである。
この論理によるならば,自国の防衛のために必要かつ最小の限度を超える実力の行使は,憲法違反ということになる。政府も,集団的自衛権を「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を,自国が直接攻撃されていないにもかかわらず,実力をもつて阻止する権利」と定義した上で,「憲法第九条の下において許容されている自衛権の行使は,我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており,集団的自衛権を行使することは,その範囲を超えるものであつて,憲法上許されない」と説明してきた(政府答弁書昭和56年5月29日)。
政府自身が認めてきたように,自国が攻撃を受けていないにもかかわらず,自衛の名の下に実力を行使することは,憲法が許容するところではない。自国が攻撃を受けていないのに実力を行使することは,明白な憲法違反である。
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ところが,政府は,この問題について,安保法制懇という私的な諮問機関の報告書をもとに,解釈変更のための閣議決定をしようとしている。
そもそも,憲法の基本理念である立憲主義は,憲法で国家権力を制限することにより国民の権利・自由の保障を図るものである。憲法改正の手続を経ずに,政府自身が解釈により憲法の内容を実質的に変更することは立憲主義に反し,許されない。
憲法が予定する手続によらずに,憲法の制約を免れようとすることは,もはや憲法解釈の変更ではなく,憲法違反の状態を作り出す行為にほかならない。
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また,安倍首相は,憲法の解釈変更が認められる法的な論拠として,砂川事件最高裁判決(昭和34年12月16日最高裁大法廷判決)を挙げている。しかし,砂川事件最高裁判決は,日本が集団的自衛権を行使できるなどという見解を何ら示していない。
砂川事件は,在日駐留米軍の管理する敷地内に立ち入ったデモ隊を,刑事特別法で処罰できるか否かが問題となった事件である。争点は,旧安保条約に基づく米軍駐留が憲法9条2項の「戦力」にあたるかどうかであった。
砂川事件の最高裁判決は,「憲法が保持を禁止した戦力とは日本の戦力を指し,外国の軍隊は,憲法が禁止する戦力にはあたらない」,「日米安全保障条約の合憲性の判断は,司法審査になじまない」旨を判示したにとどまる。すくなくとも,自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を,自国が直接攻撃されていないにもかかわらず,実力をもつて阻止するような行為が憲法上許容されるという判断はしていない。岸信介首相(当時)は砂川判決直後の1960年(昭和35年)3月31日の参議院予算委員会において,「集団的自衛権は,日本の憲法上は,日本は,持っていない」と答弁しているのである。また砂川事件の最高裁判決は,高度の政治性を有する問題についてはお墨付きを与えないという立場であるが,その判決の一部を抜き出して,お墨付きを得たと主張するのは矛盾している。
最近明らかになったところによれば,この大法廷判決に関与した裁判長田中耕太郎は,判決直前に駐日米大使らと非公式に会談していたという。これは,司法の独立を害する重大な事実である。このような状況の下で出された砂川事件最高裁判決は,その中立性にも疑問があるといわざるを得ない。このような重大な問題を抱える砂川事件最高裁判決に依拠して,しかもその判決内容を曲解して,集団的自衛権が憲法上認められるかのような主張が行われているのである。
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以上のとおり,限定容認であっても集団的自衛権は,憲法9条が許容するものではない。また,閣議決定の方法で憲法を実質的に変更することは立憲主義に反する行為である。さらに,砂川事件最高裁判決は,集団的自衛権を合憲とする根拠にはならない。
憲法9条の解釈をこのようなやり方で変更することは,なし崩し的に憲法違反を作出することにほかならない。
よって,当会は,集団的自衛権の行使を容認する動きに、強く反対し、ここに決議する。
2014(平成26)年5月28日
滋賀弁護士会