会長声明・決議
消費者被害と民法の成年年齢の引下げに関する会長声明
選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に引き下げる「公職選挙法等の一部を改正する法律」が本年6月19日から施行され、政府において、民法の成年年齢を20歳から18歳へ引き下げることが議論されている。
しかし、公職選挙法の選挙権年齢と民法の成年年齢とは同列に論じられるものではなく、民法の成年年齢の引下げは、若年者に対する消費者被害を拡大させるおそれが高いので、当会は、現時点において、民法の成年年齢を18歳に引き下げることに反対する。
民法の成年年齢を引き下げた場合における最も大きな問題は、18歳、19歳の若年者が未成年者取消権(民法5条2項)を喪失することである。
民法において、これら若年者を含む未成年者は、単独で行った法律行為を未成年者であることのみを理由として取り消すことができる。このため、未成年者が違法もしくは不当な契約を締結させられた場合、未成年者取消権によってその者を救済できることを多くの弁護士が日常業務において経験しているところである。また、消費生活センター等に寄せられる相談において未成年者取消権を失う20歳になると相談件数が急増していることは、未成年者取消権が未成年者に違法もしくは不当な契約の締結を勧誘する悪質な事業者に対する抑止力として機能していることを示している。
国民生活センター発行の消費生活年報によれば、20歳未満の未成年者に対する携帯電話端末等を経由した消費者被害が多数報告されており、成年年齢の引下げによって18歳、19歳の若年者の未成年者取消権が失われると、被害に遭った同若年者の救済が困難になるほか、悪質な事業者に対する抑止力の範囲が狭まることによって、同若年者に対する消費者被害がさらに拡大するおそれが高い。特に、人口に占める大学生の比率が日本で3番目に高い滋賀県においては、民法の成年年齢の引下げによって、県下の消費者被害が増加する危険性がある。
また、18歳、19歳の若年者に対する消費者被害を防ぐためには、同若年者に対する消費者教育を行き届かせる必要があるところ、「消費者教育の推進に関する法律」が施行されてから数年しか経過しておらず、また、同若年者に対する消費者教育の効果が客観的データをもとに検証されていない現時点においては、同若年者に対する消費者教育が行き届いていると評価することもできない。
さらに、民法の成年年齢の引下げは、他の多くの関連法の改正に影響するため、若年者とその者を取り巻く多くの関係者(親、教育関係者、行政関係者等)の意見を聴いて、その是非が判断されるべきであるところ、現時点において、これら関係者の間で十分な議論がなされているとは言えず、また全国紙新聞社による全国世論調査(2015年10月3日付読売新聞)においても成年年齢の引下げについて「反対」が53%を占めるなど、同引下げについて国民的合意が成立しているとも言えない。
選挙権年齢の引下げは18歳、19歳の若年者に権利を付与するものであるのに対し、民法の成年年齢の引下げは同若年者に私法上の行為能力を付与する反面、未成年者取消権を喪失させるものであって、同列に論じられるものではない(実際、成年被後見人は行為能力が制限されるが、選挙権は認められている)。昨日の参議院議員選挙の投票に見られるように18歳、19歳の若年者に早期の社会参加を促す等の要請があるとしても、同若年者を含む未成年者を取り巻く消費者被害の現状に鑑みれば、民法の成年年齢の引下げは、未成年者取消権の行使範囲を縮小させ、同若年者に対する消費者被害を拡大するおそれが高いものである。
以上のとおり、民法の成年年齢の引下げは、18歳、19歳の若年者に対する消費者被害を拡大するおそれが高いので、当会は、現時点において、民法の成年年齢を18歳に引き下げることに反対する。
2016(平成28)年7月11日
滋賀弁護士会
会長 野嶋 直