会長声明・決議
「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に関する会長声明
法務大臣の私的懇談会である「第7次出入国管理政策懇談会」の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」(以下「専門部会」という。)は、2020(令和2)年6月19日、「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を発表し、7月14日、本提言が法務大臣に提出された。
当会としても、長期収容問題の解決を検討すること自体に異存はない。しかしながら、本提言に含まれている、①退去強制拒否罪の創設、②難民認定申請中の者に対する送還停止効に一定の例外を設けること、③仮放免逃亡罪の創設について、当会は以下のとおり反対を表明する。
1.退去強制拒否罪の創設について
まず、本提言は、退去強制令書の発付を受けた者(被退去強制者)に渡航文書の発給申請等や本邦からの退去を命ずる制度を創設するとともにかかる命令に違反した者に対する罰則(退去強制拒否罪)を定める旨の提言を行っている(本提言29頁)。
しかし、退去強制令書の発付を受けた者の中には、様々な帰国困難事情を抱えた者がいる。すなわち、日本に配偶者や実子などの家族がいる者、日本で生まれ育った者、日本での滞在期間が長期間に及ぶなど日本との結びつきが強固であり本国との結びつきが希薄になった者あるいは、帰国すると身に危険が及ぶといった事情を抱えた者等が相当数存在する。
このような、本国への帰国困難事情の有無等は、退去強制令書の発付に至るまでの多段階の審査・判断手続(難民認定手続も含む。)において総合考慮されているとされるが、実際には形式的な審査の面も否定できないほか、当該手続は全て行政機関内で実施されており司法審査を受けてもいない。実際、出入国在留管理訴訟のうち国が敗訴となる事案が一定数存在する。
さらに付言すれば、帰国困難者に対する在留特別許可数及び許可率は、2011(平成23)年以降減少傾向にあり、たとえ日本および本国における適法な婚姻関係が認められた日本人配偶者がおり、同人との間に複数人の子がいたとしても、在留特別許可が出されるとは限らないというのが実情である。
このような状況下で、刑事罰をもって帰国を事実上強制するかのような退去強制拒否罪を設けることは、家族に与える影響が深刻であって、家族の保護等に関する憲法及び国際人権条約上の権利(世界人権宣言第16条第3項、自由権規約第23条第1項、社会権規約第10条第1項、子どもの権利条約第3条第1項、第9条1項等)を侵害するおそれがある。また、退去強制拒否罪の創設は、難民該当性や在留特別許可の許否について司法による判断をなされていない者の裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。
さらに、被退去強制者の家族や支援者ら、ひいては弁護士等の専門家が上記退去強制拒否罪の共犯とされる可能性が払拭できず、弁護士等の活動を著しく委縮させる。
2.難民申請者の送還停止効の例外を認めることについて
次に、本提言では、ノン・ルフールマン原則の遵守を前提としてという留保をしつつも、送還停止効に一定の例外を設けること、例えば、従前の難民不認定処分の基礎とされた判断に影響を及ぼすような事情のない再度の難民認定申請者について、速やかな送還を可能とするような方策の検討の提言を行っている(本提言34頁)。
このような例外を設ける前提としては、難民認定制度が適切に整えられていることが欠かせない。しかしながら、日本の難民認定率は国際水準と著しく乖離し、難民認定制度そのものに疑義が生じているのが実情である。
初回の難民認定が適切になされずに難民認定申請者が本国に送還された場合、その後の迫害や拷問等により、難民認定申請者の生命・身体等が侵害されるおそれがあり、この場合の損害は回復不能なものであり取返しがつかない。
国際水準と著しく乖離した状態の難民認定制度の現状の中で、難民申請者の送還停止効の例外を認めることはこれらの者の命綱を剥奪することに繋がるものであり、ノン・ルフールマン原則に反するおそれがある。
3.仮放免逃亡罪の創設について
また、本提言は、仮放免された者の逃亡等の行為に対する罰則(仮放免逃亡罪)の創設も検討するとする(本提言54頁)。
しかしながら、逃亡した被仮放免者に対しては、保証金の没収などの措置が既に取られており、新たな刑事罰を創設する必要性は存在しない。
そもそも、被退去強制者を全て収容する「全件収容主義」自体が問題であるほか、仮放免制度自体が極めて問題のある運用がなされている。仮放免は職権に依存しており、仮放免の基準や許可された仮放免を取り消される基準が明確ではなく、何度申請しても仮放免が認められない、出頭しているにも関わらず突然、仮放免を取り消されるというのが実情である。必要とされるのは、厳罰化の方向ではなく仮放免の適正な運用である。
さらに、被仮放免者が仮に逃亡した場合、仮放免許可申請に関わった支援者や弁護士が仮放免逃亡罪の共犯として罪に問われるという退去強制拒否罪と同様の危険もある。
4.あるべき長期収容問題の解決の方向性について
2019(令和元)年6月24日に発生した大村入国管理センターにおける餓死事件の背景には長期収容があるが、長期収容の解消のためには、収容期間に上限を設けることが最も直接的かつ効果的な方策である。
また、身体の自由は、個人の尊厳の基礎となる基本的人権の中でも特に重要な権利であり、身体の自由を奪うことは、必要最小限に押さえ、かつ、他の代替手段がない場合に限られるはずである。したがって、その手続や期限について、法律が制限を設けることは本来当然のことである。
にもかかわらず、本提言は、長期収容の最も効果的な解消方法である収容に上限を設けることについての提言を見送り、既に述べてきたように①退去強制拒否罪の創設、②難民認定申請中の者に対する送還停止効に一定の例外を設けること、③仮放免逃亡罪の創設等の問題のある制度を導入することなど提案を行う点で、長期収容の解決についての方向性を誤ったものである。
5.むすび
滋賀県内には約3万人の外国人が生活しており、県の人口に占める割合は約2パーセントに上る。国籍や民族などの違いにかかわらず、相互に人権と個性を尊重しながら、多様性を生かして活躍できる多文化共生の地域社会を目指すなかで、今般の専門部会による本提言の内容は、共生社会の一員である外国人の暮らしや人権を脅かし、彼らと共に歩み支援する人々、また彼らを支援する弁護士が犯罪者となる可能性をはらみ、彼らをさらなる困難な状況に追い込むことを許容するものが含まれている。
したがって、本提言にもとづいて出入国管理及び難民認定法が改正されることには強く反対するものである。
2020(令和2)年10月14日
滋賀弁護士会
会長 西 川 真美子