会長声明・決議
安倍晋三元内閣総理大臣の国葬の実施に反対する会長声明
去る7月22日、安倍晋三元首相の国葬を実施するとの閣議決定がなされた。当会は、以下の理由により、今回の国葬の実施に反対する。
1 国葬の法的根拠について
政府は、内閣府設置法の規定を根拠として国葬を実施するとしている。
しかしながら、内閣府設置法はいわゆる行政組織法であって、国の儀式を行う場合には他省の所掌に属するものを除いて内閣府がこれを所掌することを定めるにとどまる規定である。行政が何をしてよいか、儀式であればどのような場合にどのような儀式を行うか、といった行政作用の内容については、いわゆる行政作用法によって根拠づけられなければならない。国葬の実施に関する明確な根拠法が存在しないままこれを実施することは、法律による行政の原理(憲法第66条第3項、第73条第1号)に抵触する疑いがある。
特に、国葬の実施については、旧憲法下の国葬令が「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」によって1947(昭和22)年12月31日限りで失効し、その後国葬に関する法律は制定されていないという経緯があり、このことは、当時の国会が国葬廃止の意思決定をしたことを意味する。それにもかかわらず、国葬をあえて実施しようとするのであれば、かつての意思決定を変えて良いかを国会で審議し、国葬を是認する法律の制定を待って行う必要がある。
以上のとおり、国葬の実施根拠を内閣府設置法で足りるとすることには疑問がある。
2 財政民主主義との関係について
政府は、国葬にかかる費用総額について、16億6000万円程度と試算し、うちおよそ2億5000万円を予備費から支出するとしている。
憲法は、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」(憲法第83条)、「国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基づくことを必要とする」(憲法第85条)と規定して、財政民主主義の原則を定めている。国葬を実施するのであれば、国会を開いて、根拠となる法律を制定するとともに、補正予算等でその支出についても国会の承認を受ける必要がある。
「予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基づいて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出すること」(憲法第87条第1項)はできるが、予備費の支出が許されるのは、少なくとも法的に明確な根拠がある場合であって、国会の審議を経る余裕のない緊急の場合に限られるはずである。
国葬費用の支出については、法的根拠がなく、かつ、行事の性質に鑑みると国会を開いて審議する時間がないとは言えず、緊急性もないものであり財政民主主義との関係でも問題と言わざるを得ない。
3 国民の思想・良心の自由、教育の中立性を侵害する懸念について
故人に対する追悼の意は、個々人がそれぞれの良心に基づいて表明すべきものである。
葬儀を国葬の方式で行っても、個々の国民に対して弔意の表明や服喪を直接に強制するものでないというのが政府の見解である。けれども、事実上の強制として作用するおそれは十分にある。
この点、各省庁に弔旗掲揚や黙とうによる弔意表明を求めることについての閣議了解(「閣議了解」とは、本来、大臣の権限により決定し得る事項ではあるが、念のため閣議で了解を得ておくという性質のものである)を見送る方針を決めているが、閣議了解がなくとも大臣の権限で弔意表明が指示されることに変わりはなく、閣議了解が見送られたことに実質的な意味はない。したがって、これによって国民の思想・良心の自由を侵害する懸念が払しょくされるものではない。
さらに、報道によれば、すでに7月12日に行われた安倍晋三元首相の葬儀に際しても、滋賀県内を含むいくつかの教育委員会が学校に対して弔旗の掲揚を要請し、実際に弔旗を掲揚した学校があるとされる。しかし、学校において組織的に弔意を表明するようなことがあれば、当該学校が故人の業績を肯定的に評価することを意味するものにしか見えない。安倍晋三元首相は特定の政党に所属していた政治家であり、学校が弔旗を掲げるなどして安倍晋三元首相の業績を肯定的に評価する行動をとるならば、「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」(教育基本法第14条第2項)ことに抵触しないか疑問なしとしない。
以上のとおり、今回の国葬の実施については、その法的根拠に疑問があること、財政民主主義の観点からも問題があること、国民の思想・良心の自由や教育の中立性を侵害する懸念があることから、当会はその実施に反対する。
2022(令和4)年9月13日
滋賀弁護士会
会長 山 本 久 子