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会長声明・決議

「袴田事件」第2次再審請求差戻し後の即時抗告審決定に関し、検察官による特別抗告の断念と再審法の改正及び死刑制度の廃止を求める会長声明

 本日、東京高等裁判所は、いわゆる「袴田事件」に関する再審請求事件について、2014(平成26)年3月27日に静岡地方裁判所が行った再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした(以下「本決定」という。)。

 本件は、1966(昭和41)年6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件である。袴田巖氏は、当初より無実を訴えていたものの、事件発生から1年2か月後にみそタンク内でみそ漬けされた状態で「発見」された、いわゆる「5点の衣類」が、犯行着衣であり、かつ、袴田巖氏のものであるとの認定のもと、これを中心的な証拠として、1980(昭和55)年11月19日に死刑判決が確定した。
 袴田巖氏の姉である袴田ひで子氏が請求人となった第2次再審請求審において、静岡地方裁判所が前記のとおり再審を開始するとともに死刑及び拘置の執行を停止する決定を行い、袴田巖氏は釈放されたが、検察官は、この決定に対して即時抗告を行い、2018(平成30)年6月11日、東京高等裁判所は再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却した。これに対し、請求人が特別抗告を行い、2020(令和2)年12月22日、最高裁判所は、東京高等裁判所の前記決定を取り消した上で本件を東京高等裁判所へ差し戻す決定をし、東京高等裁判所第2刑事部において差戻し後即時抗告審の審理が行われ、本決定に至った。

 本決定は、最高裁判所の差戻し決定を踏まえて実施された事実取調べの結果を踏まえ、「5点の衣類」については、事件から相当期間経過した後に、第三者(この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる)が隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できず、「5点の衣類」が犯行着衣であり、袴田巖氏の着衣であることに合理的な疑いが生じ、袴田巖氏を本件の犯人とした確定判決の認定に合理的疑いが生じることは明らかであるとして、静岡地方裁判所が行った再審開始決定を支持した。
 袴田巖氏は、現在87歳と高齢であり、しかも長期間にわたり死刑囚として身体を拘束されたことにより、心身に不調を来している。そのため、第2次再審請求では、姉の袴田ひで子氏が再審請求を行っているが、同氏も現在90歳となっている。その救済には、もはや一刻の猶予も許されない。
 よって、当会は、検察官に対し、本決定を真摯に受け止め、特別抗告を断念するとともに、本件を速やかに再審公判へ移行させるよう強く求める。

 ところで、本件では、第2次再審請求の請求審において、①「5点の衣類」発見時のカラー写真、②「5点の衣類」のズボンを販売した会社の役員の供述調書、③32通の新たな否認、自白調書と取調べテープ等を含む、約600点もの証拠が新たに開示され、それらが再審開始の判断に強い影響を与えている。
滋賀県におけるえん罪事件である、いわゆる「日野町事件」(大阪高等裁判所が再審開始決定を維持)や「湖東事件」(再審無罪確定)においても、再審手続段階になってから初めて、無罪方向の重要証拠が開示された。
 しかし、再審請求手続における証拠開示については、現行法上、いまだに明文の規定が存在せず、その実現が制度的に担保されていない。そのため、時に「再審格差」と呼ばれるように、裁判所の姿勢いかんによって証拠開示が左右される実情がある。
 さらに、再審は、無辜の救済のみを目的とする手続であるにもかかわらず、本件のように、再審請求から再審開始に至るまで極めて長期間を要する事態が多くの再審事件で生じている。この最大の原因は、検察官が再審開始決定に対して徹底した不服申立てを行い、再審開始を遅らせていることにある。
 前記「日野町事件」においても、2018(平成30)年7月11日、大津地方裁判所が再審開始決定を出した。これに対し、検察官が即時抗告をしたものの、大阪高等裁判所は2023(令和5)年2月27日、大津地方裁判所の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定を行った。にもかかわらず、検察官は、不当にも特別抗告を行い、再審開始を更に遅らせている。 前記「湖東事件」の再審請求手続においても、検察官は、2017(平成29)年12月20日に大阪高等裁判所が出した再審開始決定に対して特別抗告を行い、法律審である特別抗告審において、抗告理由とはならない事実誤認を主張し、医師の供述証拠や意見書等を多数提出して再審開始決定の取消しを求め、2019(平成31)年3月18日に最高裁判所が特別抗告を棄却するまで再審開始を争うことで、再審公判を遅らせていた。
 そもそも、職権主義構造を採用し、利益再審のみを認めている現行の再審請求手続において、元被告人らによる再審請求に対し、検察官は「公益の代表者」として裁判所の審理に補助的に関与するに過ぎず、当事者としての地位は与えられていないと解される。再審開始決定に対して不服申立てを行う検察官の対応は、かかる検察官の地位と相容れず、徒に再審開始を遅らせてえん罪被害者の迅速な雪冤の機会を奪うものであって、許されるべきではない。
 よって、当会は、政府及び国会に対し、えん罪被害者を速やかに救済するため、
1 再審請求手続における証拠開示の制度化
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
を含む、再審法(刑事訴訟法第4編再審)の改正を行うよう強く求める。

 そして、本件は死刑再審事件である。死刑は、誤判・えん罪があった場合に取り返しのつかない事態を招くものであり、我が国でも死刑を宣告されながら後に再審無罪となった事件が4件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)存在している。
 当会では、2016(平成28)年9月27日の臨時総会において、「死刑廃止を求める決議」を採択し、その後も死刑執行に抗議する声明を繰り返し発出してきた。当会は、死刑再審事件である本件において、再審開始を支持する本決定がなされた事実を重く受け止め、政府及び国会に対し、あらためて死刑制度を廃止するよう求める。

 2023(令和5)年3月13日
                                   滋賀弁護士会
                                    会長 山 本  久 子