会長声明・決議
すべての人が、性の多様性を尊重され、性的指向・性自認にかかわらず生きやすい社会を実現するための宣言
すべての人が、性の多様性を尊重され、性的指向・性自認にかかわらず生きやすい社会を実現するための宣言
<宣言の趣旨>
当会は、私たち弁護士が社会の一員として、性の多様性を尊重し、性的指向・性自認およびLGBTQに関する理解を深め、これら人権課題の解決に向けて積極的に取り組むことによって、社会全体における理解の促進を図り、すべての人が、性的指向・性自認にかかわらず生きやすい社会を実現するため力を尽くしていくことを、ここに宣言する。
そして、当会は、政府および国会に対し、
1 性的指向・性自認に基づく差別を禁止することを明確に定めた差別禁止法制定すること
2 法律上の性別が同じカップルの婚姻(同性婚)を可能とする法改正を行うこと
3 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律を改正し、戸籍上の性別変更要件を緩和すること
を強く求める。
<宣言の理由>
1 性の多様性について
従前、性は出生時の身体的特徴から「男性」「女性」の2つに分けられ、戸籍に記載され、社会においても、2つの性別による区別が当然のようになされてきた。
しかし、実際には、人の性のあり方は多様である。
性は、「性的指向」(恋愛や性的関心の対象がどの性別に向くか。)、「性自認」(男性である、女性である、どちらでもある、どちらでもない、などの性的自己認識。)など、出生時の身体的特徴以外にも複数の要素から構成されている。
性的指向が自分と同じ性の人である同性愛者(女性同士ならレズビアン、男性同士ならゲイ)、性的指向が男女どちらでもある両性愛者、身体的特徴に基づいて出生時に割り当てられた性別と性自認が一致しないトランスジェンダー、従前、主にゲイへの侮蔑的表現として用いられていたものを肯定的に自身を指す言葉として使われるようになったクィア、自身の性自認や性的指向が定まっていないクエスチョニングなど、多様な性のあり方のうち、割合として少数の側となる人々を総称して、ここでは「LGBTQ」という。
2 LGBTQの現状
多様な性のあり方は、本人の意思によって変えることはできない。
しかし、法律や社会制度は、身体的特徴に基づいて出生時に割り当てられた性別と性自認が一致するシスジェンダーで、異性愛者(ヘテロセクシュアル)であることを当然の前提として作られてきた。
そのため、LGBTQの人々は、学校・教育、雇用・就労、医療、行政サービス、家庭生活の場面など、ライフステージのあらゆる場面において、市民の大多数が当然に享受する社会的、経済的、文化的な保障が受けられず社会的に排除され、様々な困難や差別に直面してきた。
長年、LGBTQの人々は、病気として扱われたり、ホモや変態などとして蔑まれたり、笑いの対象とされたりするなど、無理解による差別や偏見などの被害を受けてきており、現在においても、未だ日本社会一般の理解は十分に進んだとはいえない。
また、LGBTQの人々は、国籍・人種・民族・出自など他の被差別類型と異なり、家族がLGBTQの当事者でないことがほとんどであることから、家族からも差別的言動を受けたり、自己の性自認や性的指向を家族にも隠さなければならず、家庭においても居場所がないことが少なくない。
更には、自己と同じ境遇の人と接点を持つ機会にも乏しく、性的指向・性自認について悩みを持っていても、カミングアウトをして相談することも容易でなく、自身で悩み続けたりして孤立・孤独を深めることにも繋がっている。
LGBTQの人々が、長年、社会の中で隠れた存在(見えない存在)に追いやられ、生きづらさを抱えてきたのは、この問題が、重要な人権問題であるという認識が、弁護士である私たちも含め、社会に欠けていたためである。
性の多様性を尊重し、性的指向・性自認にかかわらず、すべての人が平等な社会を実現することは、憲法の理念である個人の尊重(憲法第13条)や法の下の平等(同第14条第1項)を実現することであり、すべての人々にとって、喫緊の課題である。
3 当会の現状
弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命としている。
しかし、これまで当会が、LGBTQの人々が置かれた苦難や現状を正しく理解し、十分な法的支援を行ってきたとは必ずしもいえなかった。
そのため、まずは当会が、LGBTQに関する理解を深めるとともに、その解決に向けて積極的に取り組んでいく必要がある。
その端緒として、当会は、2023(令和5)年4月22日、市民向けシンポジウム憲法記念の集い「憲法をまなぶ-性の多様性からみる個人の尊厳-」を開催し、市民とともに、LGBTQが重要な人権問題であるという認識を深めた。その後、会内研修を実施し、LGBTQに関する会員の理解を更に深め、意識啓発を図ってきた。
また、2023(令和5)年5月30日に策定した「滋賀弁護士会男女共同参画基本計画(第一次)」においては、「当会がジェンダー平等に敏感な弁護士会となるための諸施策」という基本目標を挙げ、個別目標の一つとして、「LGBTQ差別の禁止等を含む、すべての性差別の禁止やハラスメントを防止するための新しい規定を創設・施行すること」を掲げた。
今後、当会は、会内の諸規定等の点検や見直しを進める予定であり、対外的にも対内的にも、LGBTQの人々が生きやすい制度や環境の整備に向けた情報発信や取組みを進める所存である。
4 性的指向・性自認差別禁止法の必要性
2023(令和5)年5月、日本が議長国となり広島でG7サミットが開催された。G7首脳宣言では、「あらゆる人々が性自認、性表現あるいは性的指向に関係なく、暴力や差別を受けることなく生き生きとした人生を享受することができる社会を実現する」と明記されたが、当時、G7諸国の中で、日本だけが、性的指向・性自認に基づく差別を禁止する法律を制定していなかった。
この点、G7広島サミット開催に間に合わせるような形で、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(令和5年法律第68号)(以下「LGBT理解増進法」という。)が2023(令和5)年6月16日に国会で成立し、同月23日に公布され、同日施行された。しかしながら、同法は、以下に述べるとおり、極めて不十分な内容である。
もともとLGBT理解増進法は、東京五輪・パラリンピックが開催された2021(令和3)年に、五輪憲章に「性的指向を含むいかなる差別も受けない権利と自由」が謳われていることを踏まえて成立の機運が高まり、自由民主党を含む超党派議員連盟を中心に法案がまとめられた経緯がある。
しかし、この時には、「差別は許されない」という一文について、保守系議員の強い反対を受け、結局、法案提出にさえ至らなかった。その後、2023(令和5)年に、G7広島サミットの開催を目前にして、日本の法整備の遅れが際立つ中、ようやく5月に法案が国会に提出されるに至ったものの、超党派議員連盟による法案にあった「差別は許されない」という文言は「不当な差別はあってはならない」に変更され、「性自認」は「性同一性」に変更された後、「ジェンダーアイデンティティ」に修正され、「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」との条文も加えられた。
このように短期間で次々と内容が修正されていく審議過程において、全国の当事者・支援者らの団体で構成される「一般社団法人LGBT法連合会」は、「私たちの求めてきた法案とは真逆の内容であり、当事者にさらなる生きづらさを強いるものである内容となっていることを、強く非難する」「当会は、そもそも差別禁止法の制定を求めてきたのであり、理解増進に留まる法案については、『辛うじて評価のできる内容』としていた。しかし、今回可決された法案は、当事者の方向を全く向いておらず、むしろ、差別をする側、困難を与える側の方向を向いて配慮をする、全く逆の法案である」との警鐘を鳴らす声明を出すに至った(2023年6月13日付「『理解増進法』の衆議院可決に警鐘を鳴らす声明」)。
本法成立後も、当事者団体からは、本法が性的指向・性自認に関する取り組みを阻害する動きに使われるのではないかという懸念が示されており、差別を禁止する法律の制定を求める声があがっている(2023年6月19日付「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案の成立についての声明」)。
すべての人が、それぞれの性的指向・性自認を尊重されるという真の理念を実現するためには、本法律の以下の点は修正すべきである。
まず、法律の定義において、最高裁決定や自治体の条例、G7首脳宣言の和訳などで使用され普及している「性自認」の用語を使用せずに、「ジェンダーアイデンティティ」という表記をしているため(第2条第2項)、分かりづらく理解促進の障壁となっている。
また、第3条の基本理念では、「不当な差別はあってはならないものである」と規定されており、不当でない差別(許される差別)があるかのような誤解を招くものである。
更に、学校設置者の努力条項が、事業者等の努力条項に統合された上、「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」行うとの文言が付されているが(第6条第2項、第10条第3項)、これでは学校設置者が行う教育・啓発措置が軽視される上、家庭や地域住民の協力が得られなければ措置を講じなくてもよいかのような誤解を生む。
そして、第12条においては、措置の実施等に当たっての留意事項として、「性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする」と規定されているが、これでは、性的マイノリティであるLGBTQの人々よりも、「全ての国民」を占める「多数派」への配慮が強調されてしまい、LGBTQの人々への差別や偏見を解消するという本来の趣旨が損なわれて、施策を進める障壁となりかねない。
上記のとおり、現行の法律には、数々の問題があることから、政府および国会は、性的指向・性自認に基づく差別を禁止することを明確に定めた差別禁止法を速やかに制定するとともに、差別意識を払拭するための的確な教育・啓発活動を行い、国民の理解促進に努めるべきである。
5 同性婚の法制化の必要性
(1)憲法第13条について
憲法第13条は、幸福追求権を保障し、その一内容として、自己に関する事柄を公権力の干渉なしに自ら決定することのできる権利(自己決定権)を保障している。そして、家族やパートナーの維持形成に関わる事柄は、人格の根幹に関わる重要な事柄であるから、自己決定権が保障されるところ、家族やパートナーの維持形成を自ら決定する権利として、家族形成の根幹をなす婚姻制度を利用するかしないか、誰と婚姻するかを自ら決定する権利、すなわち婚姻の自由も保障されていると言える。
そして、婚姻の本質的要素は、相手と継続的に協力し合い、親密で人格的な結合の維持形成を図ることにあるところ、同性同士であっても、パートナーと人格的な結合の維持形成を図るために婚姻をなすことは人格の根幹に関わる重要な事柄であることに変わりなく、異性同士と比べても婚姻の自由を保障する必要性に違いはない。
しかし、現行の法制度は同性同士の婚姻を認めていないため、同性同士が婚姻の自由を行使する前提としての婚姻制度が存在しておらず、婚姻の自由が行使できない状況にある。
したがって、同性同士の婚姻に対して法律上の婚姻制度の利用を排除する民法の諸規定は、同性同士の婚姻の自由を侵害するものであり、憲法第13条に違反する。
(2)憲法第14条について
ア 同性パートナーが被る不利益・差別的取り扱い
憲法第14条第1項は、法の下の平等を保障しているところ、婚姻においては、性的指向が同性に向く者は、その選択した者との間で婚姻ができず、性的指向を区分として法的に婚姻できるかについて異なる取扱いがなされている。
法律上の婚姻をした夫婦は、現行の法制度上、様々な法令上の利益や社会生活上の有形無形の便益を享受することができている。
一方で、同性同士は、婚姻ができないため、婚姻の効果である同居義務、協力義務、扶助義務が発生せず、パートナーと共同で養育する子について親権が行使できず、関係解消の際に財産分与等の関係法規が適用されず、死別の場合に相続人となれないなど、家族法が定めている権利保護が受けられない。
また、配偶者控除などの税法上の優遇措置も受けられず、犯罪被害者給付金の給付も受けられず、配偶者ビザが得られないなど、種々の法律上の不利益がある。
更に、医療現場で同性パートナーは治療についての説明や同意の対象とならない、民間の賃貸住宅での同居が制限される、職場の福利厚生が受けられない等、日常生活上の様々な不利益を被っている。
このように、婚姻によって享受することができる様々な法的利益や社会的便益の中には、人格的利益に関わる重要なものがいくつもあるにもかかわらず、性的指向という自身の意思で左右しえない事柄によって、異なる取扱いがなされている。
イ 合理的区別とはいえないこと
これに対して、婚姻は生殖と子の養育を目的とする男女の結合を当然の前提とした制度であり、異性婚のみを対象とするものであるとの根強い反対の意見もある。
しかし、子を産み育てるかどうかは最も私的な自己決定の領域であり、リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(性と生殖に関する権利)として憲法第13条によって保障されるものであることから、婚姻と生殖・養育は不可分なものではなく、国家が生殖と養育を目的とする男女の結合のみを婚姻として保護し、それ以外の婚姻の在り方を認めないことは、正当化されるものではない。子を産むことや養育する予定のない夫婦、健康上の理由から希望しても子を産めない夫婦も婚姻制度を利用できる一方で、同性同士のカップルにおいても子の養育が現実になされている現状からすれば、生殖と養育を理由として、婚姻について性的指向による異なる取扱いを正当化することはできない。
したがって、法制度上、同性婚を認めていない民法を始めとする諸規定は、憲法第14条の定める平等原則に反し、違憲である。
ウ パートナーシップ制度について
LGBTQの人々の問題を解消するため、同性カップルに一定の保護を与えるパートナーシップ制度を導入する地方自治体は年々増加している。このような取り組みは、LGBTQの人々を可視化して、社会の理解を大きく促進する効果があり、差別解消の一助となる。しかし、法律上の婚姻と同様の効果はないため、その効果は極めて限定的である。
(3)憲法第24条について
なお、憲法第24条第1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立する」と定めているが、その趣旨は、個人の尊厳と性の平等を徹底した新しい家族制度を構築することにある。先述のとおり、婚姻の自由は自己決定権として保障されており、憲法上保障された権利であるから、憲法第24条は、同性婚を禁止しておらず、むしろ個人の尊厳に立脚して、性的指向と同性間の婚姻の自由を保障しているものと考えるべきである。
(4)裁判例の動向
同性婚を認めていない民法の諸規定の違憲性については、札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の5つの地方裁判所で争われ、2024(令和6)年3月14日時点で、5つの判決のうち、4つの判決で、違憲ないし違憲状態との判断がなされた。そして、違憲判決を下した札幌地方裁判所の控訴審である札幌高等裁判所においても、2024(令和6)年3月14日、憲法第14条第1項、憲法第24条第1項および憲法第24条第2項に違反し、違憲だとする判決を下した。
このように、司法において違憲判決が相次いでおり、政府および国会の積極的かつ速やかな取り組みが求められている。
(5)小括
以上のとおりであり、政府および国会は、同性カップルが婚姻制度による利益を享受できるように、早期に同性婚の法制化を行うべきである。
6 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)の改正の必要性
特例法における戸籍上の性別の取り扱い変更の要件は、
①18歳以上であること
②現に婚姻をしていないこと
③現に未成年の子がいないこと
④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
⑤その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
である。
現行法は、すでに婚姻をしている者にとって、戸籍上の性別変更を行うために離婚を強要するものであり、子を有する場合は、子が成人するまで長期間にわたり性別変更は不可能となる。
さらに、要件④⑤については、侵襲性が高く不可逆的な措置を求めるものであり、身体に関する自己決定権を侵害するものである。
この点、2023(令和5)年10月25日の最高裁判決は、上記④の要件について、「強度な身体的侵襲の手術か、性別変更を断念するかの過酷な二者択一を迫るものであり、憲法第13条が保障する意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約するもの」として、違憲と判示した。更に、裁判官3名は、⑤についても違憲との意見を付している。
戸籍上の性別と自認する性別とを一致させられないと、公的書類によって法的性別を明らかにすることができず、教育、雇用、医療等の日常生活の種々の場面で著しい不利益となる。
戸籍上の性別を自認する性別に一致させることは、それを望む者の尊厳に関わるところ、現行法の要件は厳格に過ぎ、憲法に違反することが司法において明確に判示されたことから、政府および国会は、速やかに特例法の要件を緩和すべきである。
なお、特例法の要件緩和に伴って、トランスジェンダーが理由のないバッシングを受けることがないよう、併せて社会に対する特例法の正確な周知活動、啓発活動を積極的に行うように求める。
7 結語
当会は、性の多様性を尊重し、性的指向・性自認にかかわらず生きやすい社会を実現するため力を尽くして行くことを宣言するとともに、政府および国会に対して速やかな法律の制定、改正を強く求めるものである。
以上のとおり決議する。
2024(令和6)年5月30日
滋賀弁護士会