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会長声明・決議

離婚後共同親権の導入に関して適切な施策の実施を求める会長声明

1 2024(令和6)年3月8日、離婚後共同親権を導入する内容を含む民法等の一部を改正する法律案が国会に提出され、同年4月16日に衆議院で、同年5月17日には参議院で可決、成立した。

しかし、この改正民法については、国会審議や委員会における参考人意見質疑を通じて重大な問題点が浮き彫りとなり、衆議院においても、参議院においても、付帯決議が行われた。

  今回の改正民法(以下「改正民法」という。)の施行は、2年後の2026(令和8)年4月であるが、それまでに何ら対策をとらず、漫然と改正民法施行を迎えれば、子の福祉が著しく害されるおそれがある。

  従って、当会は、政府に対し、以下の問題点に対し、両院での付帯決議に則り、早急に適切かつ十分な対応をとるよう求める。

2 円滑な意思決定を阻害する要因を除去すること

共同親権とは、父母が共同して親権を行使していくことであるが、たとえ父母が協議して共同親権を選択したとしても、その後、父母間の信頼関係が損なわれることにより円滑な意思決定が阻害される事態は生じうる。

  にもかかわらず、改正民法は、父母が協議して決められない場合に、裁判所がこれを決定するという「非合意・強制型の共同親権」を定めている(第819条2項、同条第7項)ところ、かかる事態が生じるのは父母間で単独親権とするか共同親権とするかの協議が整わなかった場合である。

したがって、この場合すでに父母間の信頼関係が失われている蓋然性が高く、裁判所が共同親権を選択する決定を行えば、円滑な意思決定が阻害される事態が生じることは必至である。その結果、子どもが適時適切な医療や教育に関する決定を受けられなくなるおそれがある。

この点、確かに、改正民法は「子の利益のため急迫の事情があるとき」には、共同親権であっても、一方が親権行使できる(第824条の2第1項)「監護及び教育に関する日常の行為に係る親権の行使を単独ですることができる。」(第824条の2第2項)と定めている。

  しかし、「子の利益のため急迫の事情」とはどのような事情か、「監護及び教育に関する日常の行為」とは何か、については一義的に明確ではなく、この文言の解釈を巡って紛争が多発することも想定される。

その結果、教育機関や医療機関が一方の親権者のみによる意思決定に従わないことにより、子どもが適時適切な医療や教育に関する決定を受けられなくなる可能性がある。

また、DV加害者からの濫訴を許し、教育機関、医療機関及び他方親権者に過大な訴訟リスクを負わせる可能性もある。

そのため、参議院の付帯決議3では、改正民法第824条の2各項の「急迫の事情」「監護及び教育に関する日常の行為」等の概念について、意義と具体的な類型等をガイドライン等によって明らかにするべきであり、そのガイドラインの策定にあたっては、DV・虐待についての知見やDV被害者らの意見を参考にすることとしている。
 当会は、同付帯決議の実行を求めるとともに、かかるガイドライン等の作成にあたっては、子が適時適切な親権行使を受けるという利益を優先させる、具体的には「急迫の事情」を緩やかにとらえるべきであること及び「日常の行為」について父母の意見が一致しない場合には、子の福祉の観点から、原則として実際に子を監護している親の意見を尊重すべきことを盛り込むことを求める。

また、共同親権下での単独親権行使の可否についての紛争を防止するという観点から、ガイドライン等を早期に策定し、国民に広く周知していくことを求める。
 さらに、過大な訴訟リスクの問題点については、参議院の付帯決議11で、加害者プログラム実施の推進、「濫訴等の新たな被害の発生を回避するための措置を検討すること」とされている。

当会は、「検討」にとどまらず、検討の上で、早急に被害回避のための実効的な制度も設けることを求める。

 

3 虐待・DVが継続するおそれ

改正民法は、裁判所が当事者双方を親権者と定めるか、一方を単独親権者と定めるかの判断にあたって、単独親権としなければならない場合として、「父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるとき」(第819条第7項第1号)「父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれの有無、第1項、第3項又は第4項の協議が整わない理由その他の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき」(第819条第7項第2号)の二つを挙げており、虐待やDV事案では単独親権とすることを想定している。

  しかし、家庭内で行われる虐待やDVについて、適当な証拠を収集できる場合は多くない。

また、裁判所が、現在ないし将来において「父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがある」ことを判断するのは必ずしも容易ではない。

その結果、虐待やDV事案であるにもかかわらず、裁判所において離婚後も共同親権とされ、共同親権の行使にあたって加害行為が継続して行われることが危惧される。

この点、参議院における付帯決議2では、「法務省及び最高裁判所は、本改正に係る国会審議において、特に、①合意がない場合に父母双方を親権者とすることの懸念、②親権者変更、③子の居所指定、④過去のDV・虐待の取扱いについての対応、⑤DV・虐待のおそれに関する質疑があったことを含めて、立法者の意思に係るものとして、父母の協議や裁判所における判断にあたって充分理解されるよう、その内容の周知に最大限努力を尽くすものとする」としており、法務省及び最高裁判所に対し、この周知を実施していくことを求める。

 

4 子の意思の表明の機会を保障するべきであること
 子どもの権利条約第12条並びに同条約の精神に則り制定されたこども基本法第3条第3号及び第4号では、「自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会」が確保されること、「意見が尊重され、その最善の利益が優先されて考慮されること」が規定されているにも関わらず、改正民法では、子どもの意見表明権が明らかにされていない。
 この点、衆議院の付帯決議3では、「子の利益の確保の観点から、本法による改正後の家族法制による子の養育に関する事項の決定の場面において子自身の意見が適切に反映されるよう、専門家による聞き取り等の必要な体制の整備、弁護士による子の手続代理人を積極的に活用するための環境整備のほか、子が自ら相談したりサポートが受けられる相談支援の在り方について、関係府省庁を構成員とする検討会において検討を行うこと」としている。

単独親権となるか共同親権となるかは、まさに、子の利害に直結する養育に関する事項決定であり、当会は、裁判所において、子どもの意見表明の機会が保障されるよう、付帯決議に則った裁判所の環境整備、関係府省庁での相談支援の検討をすることを求める。

5 裁判所の体制拡充

 共同親権制度が導入されることにより、共同親権とすべきか否か、或いは、親権を単独で行使できるか否かについての判断を求める裁判が増加することが見込まれる。

そして、それらの裁判の中には、判断が難しい事案や早期に判断を求められる事案が一定数存在することが予想され、家庭裁判所の負担は現在よりも重くなる。

参議院の付帯決議9では、「①家事事件を担当する裁判官、家事調査官、家庭裁判所調査官等の裁判所職員の増員、②被害当事者及び支援者の協力を得ることなどにより、DV・虐待加害者及び被害者の心理の理解を始めとする適切な知見の習得等の専門性の向上、③調停室や児童室等の増設といった物的環境の充実、オンラインによる申立やウェブ会議の利用の拡大等による裁判手続きの利便性の向上、子が安心して意見陳述を行うことができる環境の整備など、必要な人的・物的な体制の整備に努めること」としている。

滋賀県下の家庭裁判所では、現時点においてでさえ、裁判官や調査官の数は少ない。

特に、長浜支部では常駐の裁判官は一人だけであり、家事事件だけでなく民事事件や刑事事件も担当している。また、同支部には常駐の調査官がいないのが現状である。

また、裁判所の施設は狭く、DV加害者と被害者とを完全に分離しようとしても、加害者が、待合室前などで被害者と顔を合わせてしまうこともある。

そこで、当会は裁判所の人的物的な体制を拡充していくことを求める。

 

以上のことから、当会は、離婚後共同親権の導入に関して適切な施策の実施を強く求める。

 

 2024(令和6)年6月24日

 

                            滋賀弁護士会

                               会 長  多 賀 安 彦