会長声明・決議
健康保険証を廃止しマイナンバーカードでの被保険者資格の確認に一本化する政府方針に反対する会長声明
健康保険証を廃止しマイナンバーカードでの被保険者資格の確認(マイナ保険証)に一本化する政府方針に反対する会長声明
1 2023(令和5)年12月22日、政府は、現在の健康保険証を2024(令和6)年12月2日に廃止することを閣議決定した。
この閣議決定は、現行の健康保険証を廃止することを前提とした行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成25年法律第27号、以下「マイナンバー法」という。)等の一部改正法(令和5年法律第48号)が、2023(令和5)年に成立したことを受けてなされたものである。
マイナンバーカードの取得は、マイナンバー法第16条の2第1項において申請主義をとっている(任意取得の原則)。
これにより、国民ひとりひとりが、カード取得による利便性とプライバシー等に対する危険性とを利益衡量して、取得するか否かを決める自由を有している。
しかし、マイナ保険証への一本化は、わが国の「国民皆保険」制度の下、医療機関を受診する国民にマイナンバーカードの取得を事実上強制するものであり、上述した任意取得の原則に反する。
また、マイナ保険証への一本化は、以下に述べるマイナ保険証の取得手続の困難性から、保険医療を受けられない被保険者を発生させることが予想される。
2 取得手続の困難性
現行の健康保険証は、特段の申請行為を行わなくても、保険者から被保険者の自宅や職場などに送られてくる。
これに対し、マイナ保険証は、被保険者が顔写真を付けてマイナンバーカードの交付申請を行った上、自宅に届いた交付通知書を持参して市役所等に出向き、暗証番号の設定を行わなければ交付を受けられず、健康保険証として利用することができない。
この点において、マイナ保険証は、現行の健康保険証に比し、その取得を困難にするものであるといえる。
そして、かかる取得の困難性は、保険医療を利用する機会が特に多い、介護施設入居者、独居の高齢者、障がい者にとって、より一層顕著となる。
加えて、マイナンバーカードを健康保険証として利用することになれば、これを日常的に携帯せざるを得なくなるため、紛失・盗難のおそれが高くなるところ、マイナ保険証の紛失や盗難の場合、上述した取得手続と同様の再取得手続が必要となるため、被保険者は相当長期間、保険資格の証明手段を失うことになる。
以上の次第で、マイナ保険証への一本化は、マイナ保険証の取得手続の困難性から、保険医療を受けられない被保険者を発生させ、その結果、被保険者が生命の危険に直面するおそれがある。
3 資格確認書の発行要件の抽象性、有効期間の暫定性
前項の問題に対し、保険者は、健康保険証が廃止された後、職権でマイナ保険証を取得していない被保険者に対し、資格確認書を発行することができるという救済措置が規定されている(健康保険法(大正11年法律第70号)第51条の3(令和6年12月2日施行予定))。
しかし、同法は資格確認書の発行について「被保険者又はその被扶養者が電子資格確認を受けることができない状況にあるとき」との要件を課しているが、これでは、保険者にマイナ保険証未取得者を確実に洗い出す負担をかけることになり、現場に過度の負担を押しつけることになる。
また、附則において、資格確認書を発行することは「当分の間」の「経過措置」とされている。これでは、経過措置をとりやめることで、政府はいつでも容易に資格確認書の発行を例外的措置と位置付けることができ、結局、保険医療を受けられない被保険者を発生させることになる。
4 プライバシー保障に対する配慮不足
(1)健康保険証機能をデジタル化するだけであれば、診療・薬剤情報、特定健診情報等とマイナ保険証とを結合させる必要はない。
しかし、マイナ保険証には、健康保険証機能のみならず、2023(令和5)年4月から保険医療機関・薬局に義務化されたオンライン資格確認等システムの整備に伴い、当該被保険者の診療・薬剤情報、特定検診情報等との結合が当然の前提となっており、これに同意しない手続が存在しない。
センシティブ情報である医療情報の保護としては、個別にこれらの情報を提供するかについて不同意が選択できるよう、診療・薬剤情報、特定健診情報等との結合自体も拒む機会を与えるのが相当である。
(2)また、オンライン資格確認等システムでは、患者は受診時に、マイナ保険証を用いてオンライン資格確認をする際、特定健診情報や過去の投薬情報等を医療機関に提供することについて「同意」が求められる。
しかし、これは、医師から、その情報を提供する必要性等について何も説明を受けていないうちに「同意」を求められるということであり、また、過去3年分の全ての投薬情報の提供について、一括して「同意」を求められるということである。
例えば、腕の怪我の治療に際して、その治療とは関連性のない病気で服用した薬についての情報まで一括して提供するよう求められるものであり、患者は提供範囲の選択ができないシステムとなっている。
これらは患者の、自己の医療情報「コントロール権」をないがしろにするシステムであると言わざるを得ない。
(3)それのみならず、国は、利便性を謳って、マイナンバーカードの多目的利用を押し進めようとしている。
マイナンバーカードに紐づけられる情報が増大し、マイナポータルで閲覧できる情報も増加するということは、マイナンバーカードとパスワードを手にした第三者が、なりすましによりマイナポータルにアクセスできることになり、医療情報に限られない極めて広範な個人情報が不正に閲覧され、悪用される危険にさらされる。
(4)このように、マイナ保険証への一本化は、事実上マイナンバーカードの取得を強制することになる結果、プライバシーに対する危険性を踏まえてマイナンバーカードの取得を見送る自由を制限するものであり、プライバシー保護に対する配慮に欠ける。
5 結語
以上から、当会は、政府に対し、マイナ保険証への一本化方針を撤回し、現行の健康保険証の発行を存続させることを求める。
2024(令和6)年8月21日
滋賀弁護士会
会 長 多 賀 安 彦