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会長声明・決議

「福井女子中学生殺人事件」の再審無罪判決確定を受けて、臨時国会での速やかな再審法改正の実現を求める会長声明

 本年7月18日、名古屋高等裁判所金沢支部(増田啓祐裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」について、前川彰司氏に対し、再審無罪判決(検察官控訴に対する棄却判決)を言い渡した。同判決は、本年8月1日、検察官の上訴権放棄により確定した。これにより、逮捕から実に38年以上が経過して、ようやく前川氏のえん罪が晴れた。
 本件は、1986(昭和61)年3月19日、福井市内で女子中学生(当時15歳)が殺害された事件である。前川氏は、客観的な証拠が無い中で、複数関係者らの供述をもとに、事件発生から約1年後に犯人として逮捕され、起訴された。1990(平成2)年9月26日、確定審第一審(福井地方裁判所)は、変遷を重ねる関係者らの供述の信用性を否定し、無罪判決を言い渡した。ところが、確定審控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部)は、控訴審でもさらに変遷した関係者らの供述が「大筋で一致」するなどとして、その信用性を認め、1995(平成7)年2月9日、逆転有罪判決(懲役7年)を言い渡し、この有罪判決が、最高裁判所で確定した。
 前川氏は、2004(平成16)年7月15日、第1次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高等裁判所金沢支部)においては、関係者らの供述調書の一部など95点の証拠が開示された結果、関係者らの供述の変遷がより一層明確になり、2011(平成23)年11月30日、かかる供述の信用性が否定され、再審開始決定がなされた。ところが、再審異議審(名古屋高等裁判所)は、2013(平成25)年3月6日、新証拠はいずれも旧証拠の証明力を減殺しないとして再審開始決定を取り消し、この判断は特別抗告審でも維持された。
 2022(令和4)年10月14日、前川氏は、第2次再審請求を申し立てた。第2次再審請求審(名古屋高等裁判所金沢支部)においては、裁判所の積極的な訴訟指揮もあり、検察官より287点もの新たな証拠が開示され、確定審第一審と確定審控訴審とで供述を変遷させた関係者らの証人尋問も実現した結果、昨年10月23日、関係者の一人が自己の利益を図るために前川氏を犯人とする虚偽供述を行い、捜査機関が他の関係者に誘導等の不当な働きかけを行って関係者らの供述が形成されていったという具体的かつ合理的な疑いがあるとして、関係者らの供述の信用性を改めて否定し、再審開始決定がなされた。その後、検察官が異議申立てを断念したことから、この再審開始決定が確定した。
 こうして、本年3月6日、名古屋高等裁判所金沢支部にて、第1回再審公判が開かれ、証拠の取調べがなされたものの、再審請求審にて提出された証拠以外の新たな証拠の請求はなく、即日結審した。
 このたびの再審無罪判決は、改めて関係者供述の信用性を否定し、前川氏に対する確定審第一審の無罪判決を維持した。本判決は、裁判所が過去の裁判の誤りを正し、自ら正義の回復を図ったものであり、当会はこれを高く評価する。

 ところで、本事件に関する長期間にわたる諸審理の過程は、再審請求手続における証拠開示規定が存在しないこと、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることといった、現行の再審法(刑事訴訟法第4編「再審」)の問題点を如実に示すこととなった。これらの問題は、滋賀県におけるえん罪事件である、いわゆる「日野町事件」(大阪高等裁判所が再審開始決定を維持、最高裁判所に特別抗告審が係属中)や「湖東事件」(再審無罪確定)においても同様に見られたもので、まさに制度的・構造的な問題である。このような悲劇を今後二度と繰り返さないためにも、再審法を一刻も早く改正しなければならない。
 この点、国会においては、本年6月18日、「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という。)が議員立法として衆議院に提出され、その後、衆議院法務委員会に付託され、閉会中審査となっている。本法案は、「再審制度によってえん罪 の被害者を適正かつ迅速に救済し、その基本的人権の保障を全うする」という観点から、①再審請求審における検察官保管証拠等の開示命令、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、③再審請求審等における裁判官の除斥及び忌避、④再審請求審における手続規定を定めるものである。これは、当会がこれまで求めてきた再審法改正の内容と軌を一にするものであって、高く評価できる。
「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」は、昨年3月に発足して以来、全国会議員の半数を超える議員の参加を得て、えん罪被害者、最高裁判所、法務省、日本弁護士連合会等からのヒアリングを実施して改正項目や条文案を検討するなどの精力的な活動を重ねてきたものであり、今般、それが本法案として結実したものである。当会は、再審法改正議連をはじめとする関係各位のこの間の尽力に深い敬意を表する。
 一方で、再審法改正に関しては、本年4月21日以降、法制審議会刑事法(再審関係)部会(以下「法制審部会」という。)において審議が行われ、本法案の定める上記4項目も審議対象となっている。しかし、まず、検察官と密接な関係を有する法務省が事務局を務める法制審部会が主導的な役割を担うことについては、強い懸念を表明せざるを得ない。また、再審法改正は、何よりもえん罪被害者の速やかな救済に資するものでなければならない。上記4項目は、諸論点の中でもえん罪被害者の速やかな救済を実現する上で根幹をなすものであるから、これらの点については、早急に法改正がなされるべきである。
実際、この間の法制審部会における審議では、著名えん罪事件を通じて明らかになった再審法の不備を指摘して法改正を求める意見がある一方、再審手続における証拠開示の範囲を新証拠及びそれに基づく主張に関連する限度にとどめようとする意見や、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止することに消極的な意見も見受けられ、これを受けて、法務省が原案を取りまとめる形で、上記4項目の改正に関する是非を含む全14項目に及ぶ論点が提示されている。これらの経過を踏まえると、法制審部会での取りまとめを待っていては、法改正の根幹部分が後退する おそれが強い上に、法案化までに相当な期間を要することは明らかである。

 当会は、2023(令和5)年5月30日の臨時総会において、「再審法の速やかな改正を求める決議」を採択している。また、全国の地方議会で再審法改正を求める意見書の採択が相次いでおり、滋賀県内においても本年8月現在、滋賀県議会と16の市町議会が再審法改正を求める旨の意見書を可決している。再審やえん罪被害に対する市民の関心は、かつてないほどの高まりを見せている。
 このような状況に照らせば、まずは「国の唯一の立法機関」である国会において、議員立法による本法案を成立させ、速やかにあるべき再審法改正の方向性を示すことが重要である。そして、法制審部会は、本法案が示した方向性に沿って、残された論点について審議を尽くす役割を担うべきである。
 よって、当会は、国会に対し、速やかに本法案の審議を進め、今秋に予定されている臨時国会において本法案を可決・成立させることを求める。

2025(令和7)年9月18日
                                                                                                                    滋賀弁護士会      
                                                                                                                   会長 相 馬 宏 行