会長声明・決議
法制審議会が採択した刑事再審手続に関する要綱に反対し、議員立法による再審法改正の実現を求める会長声明
法制審議会が採択した刑事再審手続に関する要綱に反対し、議員立法による再審法改正の実現を求める会長声明
近年、静岡4人強盗殺人・放火事件(いわゆる袴田事件)、福井事件、湖東事件など、再審により無罪判決が確定するえん罪事件が相次ぐなか、雪冤に至るまでに膨大な労力と年月を要し、その原因が再審法の不備にあることが明らかとなったため、これを是正する必要があるとして、再審法改正を求める機運が大きく高まっている。このような状況を踏まえ、2025(令和7)年3月28日、「近時の再審請求手続をめぐる諸事情に鑑み、同手続が非常救済手続として適切に機能することを確保する観点から」、法務大臣が法制審議会に対して刑事再審手続に関する規律の在り方を諮問し、これを受けて設置された再審部会において審議が行われてきた。
本年2月12日、法制審議会は、「刑事再審手続に関する要綱(骨子)」(以下「要綱(骨子)」という。)を採択し、これを法務大臣に答申した。
しかし、要綱(骨子)の内容は、えん罪被害者の救済を迅速かつ容易にするという再審法改正の目的に沿ったものではなく、かえって今まで以上に困難にしかねない内容を含んでいる。その主な問題点は、以下のとおりである。
第1に、要綱(骨子)は、「再審の請求についての調査手続」という制度を新たに設け、再審の請求を受けた裁判所が当該請求について調査した結果、「再審の請求の理由がないことが明らかである」と認めるときは、裁判所は事実の取調べや証拠の提出命令を行うことができないとされ、直ちに再審請求を棄却することを義務付けている。
しかし、「再審の請求の理由がないことが明らかである」との要件について、どのような事例がこれにあたるのか明確にされていない。
また、過去の再審無罪事件では、再審請求後に裁判所が行う意見聴取や求釈明、裁判所の勧告を踏まえて行われる証拠開示等を通じて再審請求の理由が具体化・実質化され、再審開始・再審無罪に至る場合が多い。現に、日野町事件では、第2次再審請求審において、弁護団からの度重なる証拠開示要求を踏まえてなされた裁判所の訴訟指揮により、現場引当捜査に関するネガという重要証拠が開示されたことが、再審開始決定につながった。
しかし、このような規定が設けられた場合、調査手続の段階では、裁判所は証拠の提出命令を行うことが禁止されてしまうため、無罪につながる証拠の開示を受けられないまま、書面審査のみで再審請求が速やかに棄却されるおそれがある。「再審の請求についての調査手続」は、再審請求人に対し、無罪につながる証拠の開示を受ける機会を失わせるもので、えん罪被害者の救済に逆行する制度であると言わざるを得ない。
第2に、要綱(骨子)は、証拠開示について、裁判所に証拠を提出する方法によるものとし、その対象も「再審の請求の理由に関連すると認められる証拠」であって、「その関連性の程度その他の当該再審の請求についての裁判をするために提出を受けることの必要性の程度並びにその提出を受けた場合に生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認める」ものに限定している。
無罪につながる証拠が捜査機関の手元にあることが多いことは、過去の再審無罪事件からも明らかであるが、そのような証拠に辿りつくためには、まず再審請求人や弁護人がその主張・立証を準備するために必要な証拠が幅広く開示されなければならない。実際、日野町事件では、弁護団が、前記ネガの開示を受け、その内容を精査した結果、被疑者が捜査官を事件現場まで案内できたことの証拠とされた引当捜査報告書の添付写真について、写真の順番が大きく入れ替えられていることが明らかとなった。これは、証拠の開示と精査によってはじめて判明した重要な事実である。要綱(骨子)の限定された要件では、証拠開示がなされず、こうした事実は発見されない可能性がある。したがって、再審請求人や弁護人がその主張・立証を準備するために必要な証拠については、幅広く開示されなければならない。
にもかかわらず、要綱(骨子)によれば、裁判所が再審請求の判断をするために必要かつ相当と認めて証拠の提出を命じない限り、弁護人は、捜査機関が保管する証拠を閲覧・謄写することができない。これでは、無罪につながる証拠の発見はおぼつかない。
しかも、要綱(骨子)は、開示証拠の目的外使用禁止についても定めている。このような規定が設けられた場合、例えば新証拠の獲得に向けた活動において、開示証拠を支援者に交付することも目的外使用にあたるのではないかとの懸念から、これを躊躇するおそれがあり、えん罪被害者の救済をより困難にさせる。
第3に、要綱(骨子)は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止(廃止)していない。
過去の再審無罪事件から明らかなとおり、再審開始決定に対する検察官の不服申立てそれ自体が、再審請求人にとって防御の負担や手続の長期化などの多大な負担を強いるものとなっている。この点、日野町事件の第2次再審請求審において、2018(平成30)年7月11日に大津地方裁判所が再審開始を決定したあと、検察官が即時抗告を申し立てたために、事件は大阪高等裁判所に係属することとなり、その後、4年7か月超もの月日を経て、大阪高等裁判所は、2023(令和5)年2月27日にようやく、大津地方裁判所の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした。しかしながら、検察官が特別抗告を行ったために、事件は最高裁判所に係属することとなった。再審開始決定から7年以上が経過した現在においてもなお、同決定は確定していない。
検察官は、再審請求手続の当事者ではなく、公益の代表者として裁判所が行う審理に協力すべき立場に過ぎないので、当然に不服申立てを行う資格を有しているわけではない。しかしながら、過去の再審無罪事件を見ると、検察官は、ほぼ全ての事件で機械的に不服申立てを行っている。しかも、福井事件の第1次再審請求では、検察官は、自らの主張と矛盾する重要な証拠を隠したまま、再審開始決定に対して不服申立てを行い、その結果、再審開始決定が誤って取り消されている。このような公益の代表者としてあるまじき検察官の対応によって、えん罪被害者の速やかな救済が阻害されているのが実情である。にもかかわらず、要綱(骨子)は、これまでどおり、再審開始決定に対して検察官が不服申立てを行うことを無制限に認めている。
そもそも、要綱(骨子)は、法制審議会刑事法(再審関係)部会を経て作成されているが、同部会の委員・幹事の人選も含め、その審議を主導していたのは、検察官が要職を占める法務省事務当局である。これでは、えん罪被害者のための再審法改正は期待できず、同部会の審議に対しては、えん罪被害者やその家族のみならず、多くの刑事法研究者や元裁判官、さらには全国各地の報道機関からも深刻な懸念が表明されていた。そして、本年2月12日に開催された法制審議会総会でも、要綱(骨子)については、会長を除く出席委員17名のうち4名が反対の意見を表明し、1名が棄権するなど、幅広い合意が形成されたとは言い難い。このように、要綱(骨子)の内容は、公正性、中立性、専門性に疑問があり、再審法改正を求める国民の意思からも乖離している。
ところで、再審法改正に関しては、「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」(以下「議連法案」という。)を取りまとめている。議連法案は、再審制度によってえん罪被害者を適正かつ迅速に救済し、その基本的人権の保障を全うする観点から策定されたものであって、えん罪被害者の迅速かつ容易な救済を指向するものである。また、その内容を見ても、再審請求手続における検察官保管証拠等(送致書類等目録を含む。)の開示を幅広く認めるとともに、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを全面的に禁止(廃止)している点などは、要綱(骨子)よりも優れており、高く評価できるものである。
よって、当会は、上記のような問題点を含む要綱(骨子)に反対するとともに、再審法改正の中核をなす部分については、議員立法により議連法案のとおり速やかに成立させることを求める。
2026(令和8)年2月18日
滋賀弁護士会 会長 相 馬 宏 行







