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会長声明・決議

少年法等の一部改正法律案に関する会長声明

政府は、2005年3月1日、「少年法等の一部を改正する法律案」(以下、「『改正』法案」という。)を閣議決定し、同日付で国会に提出し、6月14日に衆議院での審議が開始された。

しかし、「改正」法案の内容たる、
  1. 触法少年・ぐ犯少年に対する警察の調査権限の付与
  2. 少年院送致年齢の下限撤廃
  3. 保護観察中の遵守事項を守らない少年に対する施設収容処分の導入
の点については、児童相談所の調査機能や児童自立支援施設の育て直し機能を無視、阻害するものであり、また保護観察制度の根底を揺るがすものであることから、当会は以下のとおり反対の意思を表明する。

1.触法少年・ぐ犯少年に対する警察の調査権限の付与
「改正」法案は、
  • 触法少年事件について事案解明のため、警察が調査して事件を家庭裁判所に送致すること
  • 児童相談所も、一定の重大事件については、原則として事件を家庭裁判所に送致すること
  • ぐ犯の疑いのある少年に対しても、警察の調査権限を付与すること
  • 触法少年に対しては、一定の強制処分手続を行うことができるものとすることを定めている。
しかし、触法少年、特に重大な事件を犯した触法少年の多くは、被虐待体験を含む複雑な生育歴を有しており、少年自身が人格を傷つけられてきた経験を有している。また、これらの少年は表現能力に欠け、被暗示性、迎合性を有しているという特殊性もある。

このような、触法少年の特殊性からすれば、触法少年に対する事情聴取の担い手は、子どもの心理を学び、カウンセリング能力を身につけた専門家とされるべきであり、福祉的、教育的観点から児童相談所を中心になされるのが相当である。

このような配慮から、従来、触法少年については、警察の調査権限は認められず、児童相談所の調査に委ねられてきたのである。そして、児童相談所が、少年に対して適切な福祉的働きかけをする前提として、家庭裁判所の調査・審判を経ることが望ましいと判断した場合には、家庭裁判所に対して審判を求めていたのである。家庭裁判所は、審判を行う上で必要とあれば、自ら調査し、または他の機関に対し援助、協力させることができるのである。

過去の実績からしても、このような従前の手続によって少年の処分を決めるために必要な事実の解明はなされてきたのであり、このような従前の手続を経てもなお事実が解明されないといった例は法制審少年法部会における審議の中でも報告されていない。

以上のとおり、触法少年事件の調査は児童相談所を中心に行うことが適切である。これに対して、少年心理学等の専門知識を有せず、事件の立件、裏付けを仕事とする警察に事実の解明を委ねることは、自白強要をまねきかねず、また、そのような観点から の事実の解明は、かえって事件の背景事情、深層心理に踏み込んだ真相解明の障害としかならない。

近時、非行に関する児童相談所の調査能力が十分でないとの指摘もあるが、これについては児童相談所に必要な人員を配置してこなかった行政の無策に起因するものであり、警察に調査を任せることで解決しようとするのは誤りである。

なお、「改正」法案は、「ぐ犯少年である疑い」のレベルで警察の調査権限を認めているが、そもそも「ぐ犯」とは犯罪ではなく、将来法を犯す「おそれ」にすぎず、さらにその「疑い」のレベルで調査権限を認めるのでは、要件での縛りがきかず、結局のところ調査権の発動が警察の恣意に流れ、不当に拡大される危険が大きい。また、警察の調査は、学校等の公務所、団体へ照会することも可能であるとされていることからすれば、少年の生活全般が警察の監視下におかれるという危惧を払拭できない。

2.少年院送致年齢の下限撤廃
「改正」法案は、昨今問題となっている低年齢少年による非行事件を契機として少年に対する厳罰化を主張する一部の世論に押される形で、少年院送致年齢の下限を撤廃している。

しかし、まず、14歳未満の少年による事件の凶悪化といった事実は統計上も認められず、このような点を少年の厳罰化の根拠とすることはできない。

また、少年院における矯正教育は、少年に規範を遵守する精神を育てることを目的として集団的になされるものであるが、このような集団的矯正教育は低年齢少年にふさわしい処遇とはいえない。前述したように触法少年、とりわけ重大事件を犯すに至った少年ほど、被虐待体験を含む複雑な生育歴を有していることが多く、そのため、人格形成が未熟で対人関係を築く能力に欠けており、規範を理解して受け入れるところまで育っていない子どもが多い。したがって、再発防止のためには、まずは暖かい家庭的雰囲気の中での「育て直し」をすることが必要なのである。このような観点からは、低年齢少年に対しては、施設収容する場合でも、福祉的、教育的、個別的対応を専門とする児童自立支援施設での処遇こそが適切なのである。

児童自立支援施設においては、低年齢の少年に対する、福祉的教育的処遇を行うべく多大の努力がそそがれ、そこにおける処遇も一定の評価がなされる中、一層の専門性強化、そのための人的物的資源のさらなる充実が求められているところである。にもかかわらず、このような児童自立支援施設の充実に着手することもないままに、単に14歳未満の少年の少年院送致を可能とすることをもって、低年齢少年の非行に対処しようとするのは本末転倒と言わざるを得ない。

3.保護観察中の遵守事項を守らない少年に対する施設収容処分導入
「改正」法案は、保護観察中に遵守事項に違反した場合、その違反の事実をもって少年院送致等の措置をとることができる、としている。

しかし、現行法においても、保護観察中の遵守事項違反に対しては「ぐ犯通告」制度などが存在しており、それに加えて新たな制度を創設する必要性について現場の意見を聴取するなどの検証は全くなされておらず、また、非行を犯すおそれがあるとまでもいえない時に、単に、約束を守らなかったというだけで少年院送致するというのは行き過ぎという他なく、憲法上の一事不再理、二重処罰の禁止に実質的に反するものである。

そもそも、保護観察制度は、少年の自ら立ち直る力を育てるため、保護観察官と保護司が少年との信頼関係(そこでは、遵守事項を破ってしまったことも素直に話せる関係が必要である)を前提にして、長期的な視点から、少年に対しねばり強く働きかけることにより、少年の更生をはかる制度である。

ところが、「改正」法案は、少年院送致を威嚇の手段として遵守事項を守るように少年に求めるものであり、このような関係の中では保護司と少年の関係も表面的なものとなり、真に少年の立ち直りを図ることができなくなってしまう。それは、今まで無償のボランテイアである保護司に支えられ、おおむね良い成果を誇ってきた我が国の保護観察制度の瓦解につながる。

この点についても、保護観察官、保護司の増員等、保護観察制度の実効性を確保する施策がまず講じられるべきであり、安易に制度の本質を変容させてはならない。

2005(平成17)年7月1日

滋賀弁護士会 会長 生駒英司