会長声明・決議
「事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)の一部改正について」に関する意見書
金融庁監督局総務課金融会社室 御中
滋賀弁護士会
金融庁の平成17年8月12日付「事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)の一部改正について」(以下,本件改正案という)に対し,当会は下記のとおり意見を表明する。
記
意見の趣旨
弁護士から,債務整理を受任した旨の通知書(写しを含む。以下「受任通知」という。)を受け取ったときは,貸金業者は,取引履歴の開示の義務を負うものとし,受任通知以外に,本人確認のための書類の提出を要しないことを明記すること。
意見の理由
1.今回の改正案では,貸金業者に取引履歴開示義務があることを明確にし,違反に対しては,行政処分も行なうことが明らかにされている。この点については,最高裁の平成17年7月19日判決をうけて,すみやかにその趣旨をガイドラインに反映させるものであり,その趣旨には賛成する。
2.しかしながら,弁護士からの取引履歴開示請求に対して,委任状,印鑑証明書,その他の本人確認の書類が必要とされるとする部分,とりわけ,各種書面の原本の提出を要するとの改正については,重大な問題がある。これらの改正点は,取引履歴のすみやかな開示を促す前記最高裁判決の趣旨にも逆行するばかりか,受任通知のみで取引履歴が開示されてきた従来の実務を,大幅に後退させるものである。
3.貸金業者のほとんどは,利息制限法を超える約定利息で貸付を行い,不当な利得を得ている。彼らは,盛んに広告宣伝を行なうが,利息制限法に違反する約定利息であることは隠し続けている。そもそも,このような業態は,契約の公正さを求める消費者契約法の精神に反するし,企業としてのコンプライアンスにも欠けるというほかない。このような不公正な営業方法こそが,取引履歴の開示を必要とする根本原因である。利息制限法を超える利率での貸付をやめることこそが,本来あるべき解決の方向性である。今回の最高裁判決は,このような背景をふまえ,貸金業者の営業の適正化を求めたものなのである。判決を踏まえるならば,履歴開示請求の負担を軽減するべきであって,逆に従来以上の負担が強いられることは,背理である。
4.今回のガイドライン改正案をそのまま読むと,履歴開示を求めるにあたって,
(1) 本人確認法施行規則4条に規定する本人確認書類,具体的には,印鑑登録証明書・戸籍謄本・住民票の記載事項証明書・被保険者証等
(2) 代理人弁護士の事務所の住所・電話番号等が記載された委任状が必要となる。
そして,本人確認書類が「写し」の場合には,委任状には委任者の署名及び印鑑登録された印鑑による捺印が必要となる。本人確認書類について「原本」を提出する場合には(被保険者証などは原本を提示することは事実上考えられない),当然であるがこれらの書類を申請する際に手数料が必要となる。また,本人確認書類の「写し」を提出する場合に,委任者の署名及び「実印」を押捺した委任状の提出が必要となるとすると,必然的に債権者の数だけの印鑑証明書も用意しなければならない。任意整理においては債権者数は十社を超えることは珍しくない。その数だけ書類を用意するとなると,手数料の負担も決して軽くはない。印鑑証明書の場合も同様であるし,そもそも,印鑑登録をしていない債務者は,新たに実印を用意して印鑑登録をするところから始めなければならないかもしれない。費用の面だけでなく,受任通知作成や発送の事務も負担増となる。何よりも,すみやかに発信すべき受任通知の発送に,余分な日数を要することとなる。今回のガイドライン改正案は,従来の多重債務者救済の実務を大幅に後退させかねない,危険なものである。
5.そもそも本人確認法は,テロリズムに対する資金供与の防止・組織的な犯罪やマネーロンダリングの防止及び公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等が金融機関等を通じて行われることの防止を目的として(1条),預貯金契等の締結等の取引の際に(3条)厳格な本人確認を義務づけたものである。このような厳格な手続は,貸金業者に対する取引履歴開示の場面で,必要とされるものではない。取引履歴開示は,テロやマネーロンダリングとは無関係である。たしかに,貸金業者との取引履歴データは,個人情報であり,これが容易に漏洩するようなことは,防止しなければならない。しかし,弁護士が,債務者本人から委任を受けずに,取引履歴の開示を求めるなどという状況は,一般的には想定しがたい。債務整理に限らず,弁護士は,依頼者からの委任の意思を,常に慎重に確認している。本人の意思によらずに,取引履歴の開示を受け,これを第三者に漏洩するような事態は,ガイドライン改正案のような方法をとらなくとも,弁護士会の懲戒制度や,損害賠償請求によって,その事態の未然防止が担保されていると言ってよい。現行の受任通知のみによる取引履歴開示の実務において,これが悪用されて,個人情報が漏洩したなどという不祥事が問題とされることはない。膨大な数の履歴開示請求がなされているにもかかわらず,現実には,取り立てて問題が起こっているとは思われない。
6.以上のとおり,今回の改正案のうち,本人確認の厳格化の部分については,現実の必要性がないにもかかわらず,債務者側に過剰な負担を強いるものであって,到底賛成しかねる内容である。すでに,貸金業者の中には,個人情報保護に名を借りて,これを履歴開示に抵抗する口実とするものも現れ始めている。ガイドラインでは,従来のとおり,受任通知(FAX等による送信を含む)のみで,取引履歴の開示義務があることを明示し,現場の混乱を収束させるべきである。
以上