会長声明・決議
憲法改正国民投票法案の国会提出に反対する会長声明
2005(平成17)年12月20日,自民,公明,民主3党は,改憲手続を定める国民投票法案を2006(平成18)年の通常国会に議員立法で提出することを合意した。当会は,人権擁護を使命とする弁護士会として,この情勢に強い懸念を抱いている。
現在準備されている憲法改正国民投票法案には,看過できない重大な欠陥が存在している。すなわち,憲法改正の国民投票という最大の重要問題であるにもかかわらず,十分な国民的議論を尽くすための環境の整備を図るどころか,逆に,議論を制限するような条項が多く含まれているのである。
問題点の第1は,国民投票を,発議の日から起算して30日以後90日以内に行うとされている点である。憲法改正という重要事項について,わずか30日で投票させるのは短期にすぎる。十分な国民的議論を経るだけの時間をおくことが必要である。
問題点の第2は,複数の条項について改正案が発議された場合に,個別の条項ごとに投票できるのか,一括して投票するしかないのか,法案自体に明確に規定されていない点である。個別の条項それぞれについて,国民の意思が適切に反映されるような投票方式を保障する必要がある。
問題点の第3は,国民投票運動に関して,過剰な規制が設けられている点である。憲法改正国民投票は,国会議員を選出する選挙と異なり,個人的利害が絡む場面は少ない。利益誘導や買収等の危険性は,議員選挙と同一には論じ得ない。したがって,公職選挙法の規制を,そのまま憲法改正国民投票に適用することは,妥当でない。ところが,法案では,公務員及び教育者の国民投票運動の禁止,外国人の国民投票運動の禁止等,予想投票の公表の禁止など,過剰な規制が予定されている。
問題点の第4は,表現の自由に対する制約,報道への過剰な規制が定められている点である。法案の条文は,「虚偽の事項を記載し,または事実をゆがめて記載する」などの行為を禁止し,違反に対しては刑事罰を科する旨規定している。しかし,何が虚偽で,何が事実をゆがめる行為かという判断は,きわめてデリケートで判断が困難である。このような曖昧な構成要件で,表現活動を刑事罰をもって規制することは,表現活動の萎縮効果が大きすぎる。とりわけ,憲法改正という政治的重要事項については,最大限の表現の自由,報道の自由を確保することが要請される。
問題点の第5は,国民投票の過半数を,有効投票総数の過半数と規定している点である。憲法改正の可否を,国民の直接投票によって決定することとした,現憲法の考え方の基本には,国民の多数の支持がなければ憲法改正を認めないという理念があるものと考えられる。ところが,予定されている法案では,投票率がきわめて低い場合でも改正が可能になってしまうし,無効票が多数発生した場合の取扱いについても検討が不十分である。最高裁判所裁判官国民審査投票と同じように,ほとんどが白票だった場合でも,憲法改正が可能となりかねないのである。
問題点の第6は,国民投票無効訴訟制度についての検討が不十分な点である。国民投票の効力に関する訴訟は,30日という短期の除斥期間に服し,東京高裁のみに管轄があるものとされている。
そもそも,今回の法案提出の動きは,憲法9条の変更を企図したものであることは明らかである。9条の改変と無関係に,中立的な意味で,法の制定の動きがあるわけではない。2005(平成17)年11月11日,日弁連は,鳥取市で人権擁護大会を開催し,「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」を採択した。その中で,我々は,「日本国憲法第9条の戦争を放棄し,戦力を保持しないというより徹底した恒久平和主義は,平和への指針として世界に誇りうる先駆的意義を有するものである」ことを確認し,「憲法改正をめぐる議論において,立憲主義の理念が堅持され,国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義など日本国憲法の基本原理が尊重されることを求める」ことを宣言した。今回の国民投票法案提出の動きは,こうした日本国憲法の基本原理の尊重とは対立する策動であり,我々は,憲法の基本原理を支持し擁護する立場から,法案の提出に,強く反対するものである。
2006(平成18)年1月30日
滋賀弁護士会 会長 生駒英司