会長声明・決議
教育基本法「改正」法案に反対する会長声明
1 政府は、2006年4月28日、教育基本法の全部を改正する法案(以下「法案」という。)を国会に提出した。
当会は、ここで教育基本法に加えられようとしている変更は、憲法の精神に沿わないものと考えるので、この法案に反対する。
2 憲法26条1項は、教育を受ける権利を保障し、教育の機会均等を定めている。
教育を受ける権利の背後には、国民はすべて個人として尊重され、また、子どもは、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有するとの観念が存在している。子どもは、いうまでもなく、憲法に定められた思想・良心、信教、学問などの各自由を享受する人格として発達することを保障され、親や教員も上記各自由を保障された者として、子に教育を行う自由が保障される。このような憲法の立場は、国連子どもの権利条約29条などに示される国際社会の教育に関する考え方にも合致している。
現行の教育基本法(以下「現行法」という。)は、憲法が提示する教育の理念に合致している。しかし、法案は、むしろ、以下に述べるとおり、憲法に反した方向に教育基本法を変えるものである。
(1)まず、法案は、教育を、個人の権利・子どもの権利保障というよりも、国家にとって都合のよい人材育成をする制度に変容させるおそれが強いものである。
法案は、教育基本法前文の「真理と平和を希求する人間の育成」(現行法)を「真理と正義を希求し、公共の精神を尊(ぶ)・・・人間の育成」(法案)に変え、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」(現行法)を「伝統を承継し、新しい文化の創造を目指す教育」(法案)に変え、更に、法案は、前文に「我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立」という部分を加えている。
第1条の、教育の目的を定める条文でも、育成を期するべき人間像が「個人の価値をたつとび」「自主的精神に満ちた」(現行法)から「国家及び社会の形成者として必要な資質」(法案)と変えられている。
そして、特に、法案2条は、「我が国と郷土を愛する態度を養う」ことを教育の目標として定めている。
「平和」「個人の価値」が「公共」「伝統」「我が国を愛する」に置き換えられた、その先において、国家、時の政府にとって望ましい考え方や国家にとって望ましい形の「愛国心」だけが、教育を通じて子どもたちに教え込まれ、本来多様であってしかるべき内心や価値観にかかわる領域が踏みにじられ、憲法に違反することになりかねないと当会は大いに危惧する。教育の場は、国家にとって都合のよい人材作りに利用しやすいが故に、内心の自由が侵されやすいものであったという歴史を今一度想起すべきである。
(2)法案は、現行法10条の、教育行政が教育内容に介入することに歯止めをかける条項を完全に変質させる危険のあるものである。
現行教育基本法10条1項は「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」と定め、法令に基づく教育行政機関の行為も「不当な支配」に当たりうると解されてきたところである。
このような解釈を前提に、教員に対し、入学式、卒業式等における日の丸掲揚時の起立と君が代斉唱などを校長から職務命令された場合に従わなければ処分を受けるとする東京都教育委員会の通達に関して、東京地方裁判所は、本年9月21日、外部的行為規制といえども憲法19条が定める思想良心の自由を侵害し違法であり、また、教育委員会通達は教育基本法10条1項所定の『不当な支配』に該当するものとして、通達は違法であるとの判断を下した。
法案は、現行法の「教育は国民全体に対し直接に責任を負って行われるべき」との文言を削除して、「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものである」と規定する。
更に、法案は、教育行政の役割を教育目的遂行に必要な諸条件の整備確立に限定する現行法2項を削除している。
国家が、法律によりさえすれば、国民の教育全般を管理・統制できるようになることが危惧される。
3 今、教育は、いじめや不登校、学級崩壊等の深刻な状況を抱えている。国連子どもの権利委員会も指摘するように、これらは主として、「過度に競争的な教育制度」に原因がある。
ところが法案は、9年間の義務教育期間の定め(現行法4条)をなくし、能力主義、競争主義を押し進めようとする。男女共学の規定(現行法5条)も全部削除された。ますます教育格差を広げる方向であり、教育が抱えている問題の解決に逆行する。
4 法案は、上述のごとき重大な問題を含んでいるにもかかわらず、国民に対して十分な情報開示がなされず、国民的議論が行なわれないままに作成・提出され、与党において、今国会中の成立が目指されている現状にある。
準憲法的な性格をもつとさえ言われる教育基本法が、十分な国民的議論を経ないままに、拙速に「改正」されることは到底許されることではないと考える。
5 なお、民主党の提出した「日本国教育基本法案」は、法案への対案として出されたものではあるが、国家・行政による教育内容の支配をもたらすものであること、個人の価値という言葉を削除して、日本を愛する心を盛り込み、教育の機会均等を弱めるなど、法案と同様の問題を持つものである。とりわけ、10条から「教育は、不当な支配に服することなく」との文言まで削るなど、政府案より問題のある部分も見受けられる。
6 よって、当会は、教育基本法「改正」法案に強く反対する。また、民主党の「日本国教育基本法案」にも反対し、両法案の廃案を求めるものである。
2006(平成18)年11月13日
滋賀弁護士会 会長 羽座岡広宣