会長声明・決議
刑事弁護人への脅迫行為に対する会長声明
1.広島高等裁判所で、最高裁から差し戻された殺人等被告事件(いわゆる「光市母子殺害事件」)が係属、審理中である。本年5月29日、この事件の弁護団を脅迫する書面等が日本弁護士連合会に送付された。続いて本年7月には、複数の新聞社に、日本弁護士連合会に送付されたと同様の脅迫文が送付されたと報道されている。
これらは、弁護活動そのものに対する違法な攻撃であり、弁護活動を阻害し、否定しようとするものであり、当会はこれに厳重な抗議の意を表明する。
2.現代の刑事司法制度は、誤って、無辜の者を処罰することを防ぐための、人類の英知の一到達点である。訴追権者が「犯人」と認めた者に対し、防禦の機会を保障し、証拠に基づいた判断を受ける場を確保する、このシステムこそが裁判である。今、わが国の刑事裁判は、訴追権を行使する立場の検察官と被告人が対等当事者として、適正手続の保障を受ける中で、攻撃防禦を尽くすことにより、真実を発見する、当事者主義の構造をとっている。被告人は自らの力のみでは防禦権を十分に行使できないことから、弁護人の十分な援助を受ける権利が確保されて初めて防禦権は実質的に保障される。すなわち、最大の人権侵害である、誤った刑罰権の行使を防ぐシステムの要の一つが、弁護人選任権(憲法第37条3項)である。また、この権利の実質化には、弁護活動の自由の保障がかかせない。これが掘り崩されることは、法治国家、人権保障の根幹が侵されることである。
3.弁護士は社会正義の実現をめざし、犯罪を憎む。被害者の心情に共感すること、犯罪被害者の権利擁護に努めること、その重要性は言うを待たないし、弁護士はこのことを深く認識してもいる。
しかし、そのことと、適正な刑事裁判の維持の必要性とは、別のことがらであり、いずれもないがしろにすることはできない。
弁護士は、弁護人としては、適正手続を保障し、被疑者・被告人の防禦を尽くすため、全力で主張立証を尽くす使命を課せられている。その主張立証により、仮に、結果として被害者の心情を害するとしても、それが、防禦に必要であれば、敢然として職責を全うすることが弁護人には求められる。そして、被告人・被疑者の権利を守るため、弁護人の任務遂行は、保障され、脅威から守られなければならない(国際連合「弁護士の役割に関する基本原則」第16条)。
かような観点から、当会は、本声明をもって、
(1)本件「光市母子殺害事件」弁護人への脅迫行為に対して厳重に抗議する。
(2)弁護活動とその自由の確保は、訴追を受ける可能性のある全ての市民が、適正な手続による裁判を受け人権侵害から守られるために十分に保障されなければならない。この点について、市民の皆さんの理解を求める。
(3)そして、卑劣な攻撃に屈することなく職責を全うできるよう、弁護人を支援してゆく決意を表明する。
2007(平成19)年8月20日
滋賀弁護士会 会長 元永佐緒里