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会長声明・決議

生活保護基準の安易かつ拙速な引き下げに反対する声明

1.厚生労働省は、社会・援護局長の私的研究会として「生活扶助基準に関する検討会」(以下「検討会」という。)を設置した。本年10月2日の首相答弁では「厚生労働省において・・・生活扶助基準見直しを検討しているところであるが、・・・有識者会議の設置を含め、今後の具体的な進め方については、現時点では未定である。」とされていたが、突然に本年10月16日に検討会の設置が発表され、同日に3日後である10月19日に第1回会合を行うことも発表された。そして、本年10月19日の第1回検討会に続き、同月30日に第2回検討会(その開催の発表は同月25日)、11月8日に第3回検討会(その開催の発表は11月5日)と、矢継ぎ早に検討会が開催されている。
検討会の議事次第や配付資料によれば、検討会は、平成18年7月の閣議決定「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」の定めた見直しについて専門的な分析・検討を行うとされている。この閣議決定は、行政のスリム化、効率化を主眼にするもので、生活扶助基準については、「低所得世帯の消費実態等を踏まえた見直し」及び「級地の見直し」を行うこととし、見直した内容を「可能な限り2007年度に、間に合わないものについても2008年度には確実に実施する」とする。そして、検討会は、「生活扶助基準は、一般国民の生活水準との関連においてとらえられるべき相対的なもの。具体的には、年間収入階級第1/10分位(収入別10階級の最下位)の世帯の消費水準に着目することが適当」という方向を持って検討を行っている。

これらの点からは、検討会が、非常に早い時期に、生活保護基準の引き下げを内容とする検討結果をまとめる事が強く懸念される。報道においても(北海道新聞本年10月18日朝刊など)、検討会は年内に報告書をまとめ、生活保護の基本となる最低生活費の基準額の引き下げを提言する見通しで、級地制度の見直しと相まって、都市部では、大幅な基準引き下げが懸念され、例えば高齢者の単身世帯等では1割を超す削減幅となるなどとされている。

2.今、わが国の現状は、貧困や格差が急速に拡大し、失業や不安定就労・低賃金労働の増大などによって生活困窮に陥り、生活費補填などのために多重債務に陥った人々は少なくとも200万人以上とされている。また、仕事、家族、住まい等を次々と喪失し、これが世代を超えて拡大再生産されるという「貧困の連鎖」が生じる中、社会から排除された人々の餓死事件や経済的理由による自殺が相次いでいる。このような中、平成18年6月には自殺対策基本法が成立し、平成18年12月閣議決定をもって内閣に多重債務者対策本部が設けられるまでになっている。このような中で、生活保護制度には、社会保障のセーフティネットとしての機能を正しく発揮することが一層求められるはずである。ところが、現実には、生活保護の申請窓口においては、申請しても通るはずがないなどと「説明」「説得」して、申請書さえ渡さず申請を受け付けず違法に生活保護受給権を侵害する運用が横行している。そして、生活保護受給要件を満たしながら受給に至っていない者が多数存在する、すなわち捕捉率が低い。これらの状況は改められず、今なお、生活保護を求めながら餓死に追いやられる事例が発生し続けている。
いま、生活保護制度や保護費の基準を検討するのであれば、次のような視点が必要と考える。まず、人権の視点である。生活保護制度は憲法25条に基づく制度であり、これを具体化する生活保護基準については、真の意味で「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するものか、人権保障の基本に立ち帰って真摯に検討されなければならない。次に、社会や、生活保護の現状を踏まえた検討であるべきことである。ところが、検討会の検討姿勢は、人権の視点、貧困層の拡大是正の視点が欠落し、支出削減のための保護基準の切り下げという結論を先取りした拙速なものと言わざるをえない。

また、生活保護基準は医療、福祉、教育、税制などの様々な施策と連動している。すなわち、生活保護基準は、介護保険の保険料・利用料及び障害者自立支援法の利用料の減免、地方税の非課税基準額、公立学校の授業料免除基準、就学援助の給付対象基準等に連動し、また、一部自治体はこれを国民健康保険料の減免基準と連動させている。従って、生活保護基準のいかんは、低所得者層の生活全般に波及する問題である。また、生活保護制度のあり方や基準は、上述した多重債務者対策、自死対策などとの連携も検討しながら、社会保障政策全般についての広い視野に基づき検討されなければならないはずである。このような観点からは、生活保護基準の見直しは、低所得者の生活実態とともに市民全般の生活実態、現代の文化生活水準そのほかを総合的に十分に調査・分析して、生活保護利用者や一般市民の声を十分に聞いた上で慎重に進められるべき問題であると考える。

検討会が、その開催を市民に周知する期間もなく、また、生活保護利用者や一般市民の意見聴取の機会も置かないまま会合を重ね、早期に結論をまとめようとしていることは、上記に指摘した慎重な検討の必要性という観点から到底看過できない。

3.2006年の日本弁護士会連合会人権擁護大会では、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」を採択した。この決議は、生活保護基準の切り下げを止め、基礎年金額の引き上げや生活保護法の積極的適用などにより社会保障の充実を進めることを国や地方自治体に求めることを一内容とする。
当会もこの決議を支持するものであり、また、当会内においても、生活困窮者支援のための活動に関与する会員が増えている状況にある。

このような立場から当会は生活保護基準の切り下げに反対する。特に、捕捉率が低い中で、現実の低所得者の生活実態に合わせて基準を切り下げることは検討手法として問題であること、現に老齢加算廃止、母子加算削減が既に経済的弱者の生活を著しく脅かしていることを指摘する。

よって当会は、厚生労働省及び「検討会」に対し、生活保護基準の検討について、社会実態に即した慎重な検討を行うことを求め、生活保護基準の安易で拙速な切り下げに反対する意見を表明する。

2007年(平成19年)11月13日

滋賀弁護士会 会長 元永佐緒里