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会長声明・決議

要保護者の保護の利用を妨げる「生活保護法の一部を改正する法律案」の廃案を求める会長声明

政府は、本年5月17日、生活保護法の一部を改正する法律案(以下、「改正案」という。)を閣議決定し、国会に提出した。

改正案には、いわゆる「水際作戦」を合法化し、さらには、要保護者をより一層萎縮させることにより、保護申請自体を抑制する効果を与えるという看過しがたい問題がある。

まず、現行生活保護法(以下、「現行法」という。)は、保護の申請について書面によることを要求しておらず、申請時に要否判定に必要な書類の提出も義務付けていない(現行法第24条1項)。申請意思が客観的に明白であれば口頭による申請も有効であるとするのが確立した裁判例であり、保護の実施機関が、審査応答義務を果たす過程で、要否判定に必要な書類(通帳や賃貸契約書等)を収集することとされている。

しかし、実際には、全国の福祉事務所の窓口において、要保護者が生活保護の申請意思を表明しても申請書の書式を交付しなかったり、疎明資料の提出を求めて申請書の受理を拒否したりする事例が少なからず見受けられた。これらの行為は、申請段階、すなわち水際で保護を阻止するものとして「水際作戦」と呼ばれ、数々の裁判例において、申請権を侵害する違法な行為と評価されてきた。

改正案第24条1項は、生活保護の申請は、「要保護者の資産及び収入の状況」のほか「厚生労働省令で定める事項」を記載した申請書を提出しなければならないとし、同条2項は、申請書には保護の要否判定に必要な「厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない」としている。

このような改正がなされると、添付書類の不備等を理由として申請を受け付けない取り扱いが合法的に行われることになり、これまで申請権侵害行為と評価されてきたいわゆる「水際作戦」が合法化されることになる。

この点、厚生労働大臣は、5月14日の閣議後記者会見において、「今まで運用でやっていたこと」「を法律に書くというだけの話なので、それほど運用面では変わらない」と述べている。当該発言は、改正案の目的が、まさに、全国の福祉事務所の窓口においてまん延している申請権を侵害する行為を合法化することにあることを示している。

また、この点に関する国民からの批判の声を無視できなくなり、衆議院厚生労働委員会は、本年5月31日、特別な事情がある場合は口頭での申請も認めることで合意し、改正案を一部修正した上、自民、民主両党などの賛成多数で可決した。その後、一部修正された改正案は、6月4日の衆議院本会議で賛成多数で可決され、参議院に送られた。

すなわち、改正案第24条1項及び2項につき、それぞれ、「特別の事情があるときは、この限りでない」とするただし書きを付加する内容で修正された。

しかしながら、結局のところ、「特別の事情」は福祉事務所の窓口が判断するのであり、いわゆる「水際作戦」を合法化することに変わりはない。

次に、現行法は、扶養義務者の扶養は保護の要件とはせず、単に優先関係にあるものとして(現行法第4条2項)、現に扶養(仕送り等)がなされた場合に収入認定してその分保護費を減額するに止めている。

しかし、実際には、全国の福祉事務所の窓口において、あたかも親族の扶養が保護の要件であるかのごとき説明がなされ、親子兄弟に面倒を見てもらうよう述べて申請を受け付けずに追い返すこともなされていた。また、扶養義務者への通知によって生じ得る親族間のあつれき等を恐れて申請を断念する事例も少なからず見受けられ、このような要保護者の心理を利用して申請を断念させることもなされた。これらも、いわゆる「水際作戦」の一種であり、申請権を侵害する違法な行為と評価が出来る。

この点、改正案第24条8項は、保護の実施機関に対し、保護開始の決定をしようとするときは、あらかじめ、扶養義務者に対して、厚生労働省令で定める事項を通知することを義務付けており、さらに、改正案第28条2項は、保護の実施機関が、保護の決定等にあたって、要保護者の扶養義務者等に対して報告を求めることができるとしている。また、改正案第29条1項は、過去に生活保護を利用していた者の扶養義務者に関してまで、官公署等に対し必要な書類の閲覧等を求めたり、銀行、信託会社、勤務先等に報告を求めたりすることができるとしている。

このような改正がなされ、扶養義務者に対する通知が義務化され、調査権限が強化されることになると、要保護者の保護申請に対し萎縮効果を及ぼすことは明らかである。

こうした改正案に対する批判の高まりを受けて、厚生労働省は、「書類の提出は保護決定まででよい」、「扶養義務者への通知は極めて限定的な場合に限る」などとして、従来の取り扱いを変更するものではないとの弁明をしている。

しかし、改正案の文言上、そうした解釈自体困難である。仮に、そうした取り扱いを法律の下位規範である省令等をもって定めるとすれば、改正案の内容に正当性がないことを自認することになるし、法律で義務付けられた事項を下位規範で緩和することができるか自体疑問である。

当会は、生活困窮者支援のための活動に関与する会員が増えている中、いわゆる「水際作戦」による被害の個別救済に全力を挙げるとともに、本年4月13日には、憲法記念行事として、「本当にいいの? 生活保護バッシング~保護基準引下げが市民生活に及ぼすこと~」と題した集会を行うなど、貧困問題について積極的に取り組んできた。

改正案は、これまで違法とされてきたいわゆる「水際作戦」を合法化するものであり、一層の萎縮的効果を及ぼすことにより、客観的には生活保護の利用要件を満たしているにもかかわらず、生活保護を利用することのできない要保護者を続出させ、多数の自殺・餓死・孤立死等の悲劇を招く恐れがある。

これは我が国における生存権保障(憲法25条)の精神そのものを踏みにじるものであり到底容認できない。


よって、当会は改正案の廃案を強く求めるものである。

以上

2013(平成25)年6月11日
滋賀弁護士会
会長 甲津貴央